猫が西向きゃ

  • 2019.06.09 Sunday
  • 12:40

蟲師の漫画家さん、漆原友紀先生が新刊を出してたので読んでみた(・Д・)

 


◆怪奇現象でも自然現象でもなく、浮動(フロー)

 

いきなり唐突に始まるこの話、時代背景として昭和時代?平成?ほんとに現代かもしれないけど、我々が住むココとの並行世界、「フロー」という現象が常識化されている世界での物語。

 

蟲師を読んだことがある人には、ギンコさんが「なるほど、そいつは蟲の仕業ですな。」っていうところをこの作品の主人公の一人ヒロタさんが「フローですなぁ。」とそのまま置き換えたような完結話の起点になるのはパターンかもしれないけど、実際にはギンコさんとヒロタさんでは全然立ち位置が違う。

蟲師がある意味、蟲と言う存在を見立てて解決に導くもしくは現象を和らげる、解法を説く立場にあるのに対して、この作品で登場するフロー屋は現象がおさまるまでの時間を予測することしかできない。

若干興味本位で探偵ごっこというか、じゃあおさまるまでじっと待ってるわけにはいかないので原因を探ることはするけど、根本的な解決手段を持つとか過去からの同業者の情報知識の蓄積を有する蟲師とは違い、解決自体はできない。

 


◆助手(?)自体がフローに苛まれた女の子

 

女の子のナリはしてるけど、12歳程度の姿かたちだけど実質は〇〇歳(ネタバレとエチケットで年齢は伏せる)というチマちゃん。

まぁこれに触れるだけでもひとつのネタバレになっちゃうんだけども、基本的にヒロタさん+チマちゃん+しゃちょう(猫)の2人+1匹で話が展開する。

 

読み始めた時、「なるほど、今度はそう来たか」と思った。

現代に限りなく近い並行世界(スマホがある、学生の喋りが現代くさい)のお話だけど、これって日常的に私達もふとした違和感を感じたり、「あれ?」って思う節があること≒フローと考えると分かりやすい。

 

A:この交差点、こんな形してたっけ?

B:あれー?昨日確かここに置いた筈のハサミがどっか行ってるー!?なんでこんなとこに!?

C:え?なんか今時間がブレた???

D:私を私が見てる、私から私が乖離してる。私の感覚でない私がしゃべってる。

※CとDの現象は私個人的なものだけど、共感してくれる人は居るだろうか???

 

端的に言うとこんなかんじがフロー。

この作品の最初のエピソードが、風景を楽しむにせよ、まじでビビる、こんな現象に遭遇したらビビる。

人の迷いや思念が強く影響したり共振したりして、現実をかき乱す現象全般がフローらしい。

しかも前述のとおり、異変には気付くけど、台風や地震のようにそれは世界で起こり得る一般的な現象として認識されてるから、頭が固いまま読むと凄く変な作品に見えてしまうので、そこわ頭をやわらかく。

 

「角(かど)」の話は、なんか私分かるわぁ)Oo(・Д・)

私は几帳面とは言い難いけど気になる派なので、なんか変なところで「これはこういう風であるべし」みたいな固定観念が他人よりも固い。

そこに人と人との意識の齟齬があったりすると、それが強いストレスを生み出したりすると、フローが発生するかんじ?

 


◆良くも悪くも漆原作品、私は好きだけど

 

蟲師が蟲という存在による外因的な災厄や現象をもたらすことに対して、「猫が西向きゃ」は人が内包する様々な思念や執着が人の外に押し出て無意識のうちに災厄や現象を引き起こしてしまう。

蟲師が世俗から一歩離れたところを流浪する民であるのに対して、フロー屋は世俗にとけ込んで、いやもう行政からも処理業者として認定されてて人と人との間に入って何が原因でそうなっているのかを解明する・・・けど解決はしない。

 

蟲師という前作品があることでどうしても対比をしてしまうけど、これはこれで何もリンクしていない独立した作品である。

 

漆原先生は他にも「水域」や過去作品集「フィラメント」も刊行されてて、どれも読んでるけど、そのどれにもかすらない話の軸としては全く新しいけど、人間の経験としては「あるある」な気の迷いとか既視感を錯覚させるのがこの作品だと思う。

 

面白いか面白くないかで言うと、私は推すので面白いけど、客観的には漆原先生の絵柄の問題もあるだろうし、蟲師の世界が理解できていたとしても、どちらかというと「猫が西向きゃ」は悲しい出来事よりもあっけらかんとした日常として描かれているので、同じように読めるかどうかと言えば多分同じようには読めないと思う。

だから蟲師を知っていたら、蟲師を知っていても一旦切り離して、「違う世界の話だ」という認識が必要かもしれない。

 

漆原先生の絵柄が気になるって人は「フィラメント」読んでみると面白いかも。

え?全然絵柄違うやん?同じ作者??って過去作品が収録されてたりする。

ただフィラメントの短編話もこの作品以上に人を選ぶというか、理解が及ばないだとか、漆原先生の作風に対する理解が一定程度ないと「なにこれ?」ってまるで何がいいのか分からない感想を抱くとも思う。

 

蟲師って、アニメ化もされたし実写映画化(観てない)もされたけど、多分あれらの映像化された中で、蟲師という立場にあってギンコがその蟲師の中でもどういう立ち位置、どういうスタンスで問題に向き合っているかって、余り掘り下げられてなかった気がする。

アニメのほうは、なんていうか一期で余りに正確な原作踏襲をしたことで安心して見られたんだけど、二期(続章)で「視聴するんじゃなかった」と後悔した世界観ぶち壊しのオーディオコメンタリーが印象悪くて、一期のDVDは全話持ってるけど二期は買う気すら起きなかった。

狩房家(淡幽)と薬袋一族、ギンコ、ぬい、他の蟲師、それぞれの立ち位置って、アニメでは一期/二期通して、やはり原作を読んでいないとアニメ見てるだけでは理解から遠かったんじゃないかなぁと。

 

「猫が西向きゃ」は今後メディア展開されるかどうかは分からない。

ただこの作品こそ、実写化するとコミカルで面白い作品ではないかなぁと1巻を読んで感じた。

どこの街が舞台ともなんとも注釈はないけど、こんな街あるなぁという昭和の原風景感は感じる。

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  • 2019.08.15 Thursday
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